兵庫県竹田城の石垣は上の石が外側に出た工夫された石垣

「日本のマチュピチュ」や「天空の城」と言われている兵庫県にある竹田城。現在では石垣しか残っていない城跡だが、この石垣はとても工夫された造りをしている。

石垣は斜めに上がるほど小さくなる造りだが、竹田城の石垣は上のほうが少しずつ前に出ている。下の石よりも上の石を外側に出しながら斜めの形状を築いている。このため一般的な石垣に比べて竹田城の石垣は登りづらい。これは穴太衆(あのうしゅう)という石垣を組むのを得意とし、安土桃山時代に活躍した石工の集団によるもの。当時、穴太衆は色んな城からの取り合いであり、穴太衆をとれるかとれないかで天下が獲れるか獲れないかの境目になっていたと言う。現在でも穴太衆の末裔である15代目が滋賀県の栗田建設として存続している。

2016/10/17

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カテゴリー「歴史・文化

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