岡山県の児島地区でデニム生産が盛んになった理由

岡山県倉敷市児島地区にはエドウィンやビッグジョンなど40種類のオリジナルブランドがあり、その国内シェアはなんと90%である。岡山デニムはその生地と品質の良さからアメリカでも大人気となっている。

児島ジーンズストリート
ジーンズストリート
画像元:Beautiful photos

そんな児島地区にはジーンズストリートがあり、数多くのジーンズショップが軒を連ねている。児島地区でデニム生産が盛んになった理由として、この土地が干拓地だったことが一つの大きなポイントである。海を埋め立てた干拓地は、元が海であるため土地に塩分が残り、米作りには不向きであった。その塩分に強いのが綿花で、児島地区はもともと綿花の生産が多かった。

その綿花から取れた綿でかつては学生服を作っていた。しかし、学生服が合成繊維などに変わり、作るものがなくなった。岡山県内には井原地区で藍染めの生産が行われており、その技術があった。厚手の生地を服に仕立てる技術があり、綿もあり、染料もあり、デニム作りの全てが揃っていたため、岡山県でデニム生産が盛んになった。

1965年(昭和40年)にマルオ被服(現:ビッグジョン)が、アメリカから輸入したデニム生地で国産初のジーンズを縫製した。その後、1973年(昭和48年)に倉敷紡績株式会社(通称:クラボウ)が初の国産デニム生地を開発し、純国産ジーンズの流通が本格化した。児島地区には現在も200社以上の関連業者が存在しており、世界でも稀なジーンズ産業集積地である。そんな児島地区は「ジーンズ発祥の地」と呼ばれている。

リンク:ジーンズストリート

2017/10/22

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カテゴリー「歴史・文化

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