箱根駅伝の黒歴史「ランナー替え玉事件」

お正月恒例の箱根駅伝はこれまで94回開催されているが、その中には関係者が多くを語りたがらない黒歴史がある。

ランナー

それは1925年(大正14年)の第6回大会で起きた「ランナー替え玉事件」(人力車夫事件)で、日本大学が人力車を引いている足の速い社会人を雇って走らせたというものである。替え玉の男は足が速く4人抜きを達成したこともあり、当時大きな話題になった。

このことは黒田圭助著の『箱根駅伝小史』という記録集にはっきり記載されている。この資料には「日大の3区を受持ち、アッという間に4人をゴボウ抜きして驚かせた吉田は、実は給料を与えて引張って来た大山という人力車夫である」と記録されている。

なぜ替え玉ランナーだとバレてしまったのか。それについても『箱根駅伝小史』に明記されている。

そもそも普段人力車夫は手を腰の位置にしてお客さんを引っ張っている。その癖が出てしまったのか、実際に走る時も腕を少しも振らずに手をピッタリ腰につけて走っていた。そして、他の選手を追い抜く時に手を上げて「アラヨーッ」などと大声を張り上げていたため、人力車夫であることが露見した。

しかし、公式記録は取り消されず、本来エントリーしていたランナー名で記載された。日本大学は不祥事の責任を取り、翌年の第7回大会の参加を辞退する結果となった。

2018/01/14

スポンサーリンク

このエントリーをはてなブックマークに追加

カテゴリー「オリンピック

関連記事