1840年(天保11年)のこの日、遠山の金さんこと遠山金四郎景元(とおやま きんしろう かげもと)が江戸北町奉行に任命された。
時代劇「遠山の金さん」は、遠山の金さんの死後、講談・歌舞伎で基本的な物語のパターンが完成し、陣出達朗(じんで たつろう)の時代小説「遠山の金さん」シリーズなどで普及した。「水戸黄門」「暴れん坊将軍」と同様、「気のいい町人」が最後に「実は権力者」の正体を明かして悪を征するというのが基本的な構成で、視聴者はカタルシス(精神の浄化)を得ることができる。
遠山の金さんのトレードマークといえば「桜吹雪」の彫り物であるが、これには諸説あり、「右腕のみ」「桜の花びら1枚だけ」「背中に女の生首」など様々に伝えられる。現在では、テレビドラマの影響で名奉行として知られるが、ドラマのような名裁きをした記録はほとんどない。
町奉行(まちぶぎょう)とは、江戸時代の役職で、現代でいう警察と裁判所の役割を持った公的機関であり、その他にも町方(町人)の調査や防災など広い範囲の行政も担当していた。
その職務を執り行う場所として役職の名前に由来する町奉行所が建てられ、町人たちからは御番所(ごばんしょ)や御役所と呼ばれていた。江戸の町奉行所は主に2つで、北町奉行所(北番所)が現在の東京駅の八重洲北口付近に、南町奉行所(南番所)は有楽町マリオン付近に置かれていた。
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