日本の標準時子午線は東経135度で、兵庫県明石市を通っている。地図を見てみると明石市は日本の中心より西に寄っているように見えるが、なぜ明石市が日本の標準時になったのだろうか?
現在、日本の時刻は全国で統一されていて、北海道と沖縄で時刻が異なるということはない。しかし、明治の初めまで「地方時」と呼ばれる地方ごとの時刻が使われていた。
1884年(明治17年)10月13日、アメリカのワシントンで開催された国際子午線会議において、世界の時刻の基準となる子午線をイギリスのグリニッジ天文台を通る子午線(経度0度)に決定した。 この会議を受けて、日本では1886年(明治19年)7月13日に明石市を通る東経135度(GMT+9:00)を日本の標準時子午線に決定し、1888年(明治21年)1月1日より適用され、日本の時刻は統一された。
日本標準時は東京にあったほうが経済的にも都合がよかったのかもしれないが、明石市を通る東経135度が選ばれたのは「15」で割り切れるちょうどよい数字だったことが理由になる。
地球の一周360度を24時間で割ると15度となり、経度15度ごとに1時間の時差があることになる。東経135度では世界標準時(経度0度)からちょうど9時間(135÷15)の時差となるが、東京の少し東側を通る東経140度では9時間20分という中途半端な時差となってしまう。
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