東京都文京区湯島に事務局を置き、物理学の進歩と普及を目指して様々な活動を行う一般社団法人・日本物理学会が制定。
日付は湯川秀樹(ゆかわ ひでき、1907~1981年)博士が日本人初のノーベル賞(物理学賞)を受賞することが決定し発表された日の1949年(昭和24年)11月3日にちなむとともに、日本で発見され日本人が初めて命名した元素「ニホニウム」の原子番号113から、11月3日を記念日としたもの。
記念日を通して、一般の人や青少年に向けて物理学を広く普及し、啓発活動をより活発化させることが目的。記念日の英語表記は「The Physics Day」である。
記念日は2025年(令和7年)3月14日に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。11月3日は日本の物理学に関して記念すべき日である。この記念日が物理学の発展、普及・啓発のよりどころとして長く親しまれるよう祈念する。
日本物理学会(The Physical Society of Japan:JPS)は、1877年(明治10年)に数学を含む「東京数学会社」として創立された団体。「会社」とは「society」の意味である。数学から始まったのは和算の伝統があったからだとされている。日本物理学会は、1977年(昭和52年)に東京数学会社の創立以来100周年を迎え、1995年(平成7年)に150周年を迎えたドイツ物理学会、1999年(平成11年)に100周年を迎えたアメリカ物理学会と同様の長い歴史を持つ。
学会の設立の時代背景としては、1877年(明治10年)には東京大学が設立され、西南戦争が終結した。この年は、日本の近代化への方向が定まった年と言える。菊池大麓(きくち だいろく、1855~ 1917年)が日本最初の数学専門家として9年間のイギリス留学を終え帰国したのも同年のことである。
また、福沢諭吉(ふくざわ ゆきち、1835~1901年)が「文明論の概略」の中でニュートン力学や物理法則の意味を高く評価したのも、この頃(明治8年)である。物理学の分野では、ジェームズ・クラーク・マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831~1879年)が1874年(明治7年)に電磁気学の教科書を書き、さらに1876年(明治9年)頃に統計力学においてエントロピーが定式化された。
東京数学会社はその後の1884年(明治17年)に、物理学を「共に研究し相助くべきもの」として「東京数学物理学会」に改組拡充され、1918年(大正7年)には物理学者・長岡半太郎(ながおか はんたろう、1865~1950年)の提案で「日本数学物理学会」と改称された。それが第2次世界大戦の終了時まで続いた。
この間、数学者・高木貞治(たかぎ ていじ、1875~1960年)のドイツ留学(1898年)、Nagaokaの原子模型(1903年)、Klein-Nishinaの式(1928年)などがあり、そしてノーベル物理学賞を受賞した湯川、朝永振一郎(ともなが しんいちろう、1906~1979年)らの歴史に繋がる。
湯川は陽子と中性子との間に作用する核力を媒介するものとして中間子の存在を予想し、後にこの理論の正しさが証明された。朝永は超多時間論を基に繰り込み理論の手法を発明、量子電磁力学の発展に寄与した功績によりノーベル物理学賞を受賞した。
関連する記念日として、円周率(π)の近似値3.14に由来して3月14日は「数学の日」、アボガドロ定数の「6.02×1023 mol−1」に由来して10月23日は「化学の日」となっている。