秋篠宮家の長男・悠仁さまの七五三にあたる宮中行事の時の写真で、ある部分に天皇家の歴史的な伝統の継承が見られ、悠仁さまが将来天皇陛下になることが分かる。
現状の皇室典範のままなら2018年(平成30年)末にも想定される天皇陛下の退位が実現した時、悠仁さまは皇位継承順位2位となる。(2017/12/15追記:天皇陛下の退位は2019年(平成31年)4月30日予定と決まった。)
2011年(平成23年)11月3日、5歳になる悠仁さまの「着袴の儀」(ちゃっこのぎ)、「深曽木の儀」(ふかそぎのぎ)が東京・元赤坂の赤坂東邸で行われた。健やかな成長を祈って行われる伝統行事で、男子皇族が両儀式に臨まれるのは、1970年(昭和45年)の秋篠宮さま以来、41年ぶりであった。
5歳の悠仁さま 着袴の儀
画像元:ムシゴヤのこの頃
着袴の儀は、平安時代から皇室に伝わる儀式で、5歳になったときに初めて袴(はかま)を着ける。深曽木の儀は、着袴の儀に引き続き行われ、袴の上に童形服を着て碁盤の上に立ち、髪先を少し切った後、掛け声とともに飛び降りる。
注目すべきは装束の襟元で、秋篠宮さまの時とは綴じ糸が異なる。上の写真では確認できないが、秋篠宮さまの綴じ糸は「斜め十字」になっているのに対し、悠仁さまの綴じ糸は「縦十字」になっている。この縦十字の装束は現在の皇室では天皇陛下と皇太子さまの2人だけがお召しになる習わしになっている。
装束には「高倉流」(斜め十字)と「山科流」(縦十字)の2つの流派があり、江戸時代、高倉流は武家や神主、山科流は公家の方々という使い分けがされていた。皇室では今でもその流れを汲み、天皇陛下と皇太子さまの2人だけが山科流で、秋篠宮さまや高円宮家の次女・典子さまの旦那様である千家国麿氏は高倉流となっている。
綴じ糸が斜め十字の装束
画像元:すぱっつぃおでぃよんた
悠仁さまのお召しになった山科流の縦十字の装束は、天皇皇后両陛下から贈られたものであり、皇室の将来を担われる悠仁さまへの強い期待が感じられる。
2017/9/21
カテゴリー「歴史・文化」