1898年(明治31年)のこの日、日本初の鉄道ストライキが実施された。
日本鉄道会社の機関士ら400人がストライキに突入し、東北本線の上野駅~青森駅の列車が運休した。1894年(明治27年)の日清戦争後に全国各地の工場で労働争議が増加する中での出来事だった。
待遇改善を要求したもので、単なる賃上げ等の待遇改善だけでなく、職名改称(機関方→機関手、心得→機関手心得、火夫→乗務機関生、掃除夫→機関生)による労働者の地位向上も掲げていた。
ストライキは27日頃に終結したが、その後4週間に渡る組織的団体交渉の末に労働者側が勝利した。その後、1898年(明治31年)4月5日に日本鉄道の労働組合である「日本鉄道矯正会」が結成された。これは日本初の企業別労働組合とされている。
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