1910年(明治43年)のこの日、東京・上野に日本初の木造アパートが完成した。
そのアパートは「上野倶楽部」という名前で、洋風の外観を持つ5階建て70室の賃貸アパートだった。上野公園に隣接しており、洗面所・浴槽・電話は共同で、入浴時には居住者が実費を負担した。
実際に住んでいた人たちの職業は、公務員や会社員、教師が主で、独身者はおらず、日本人だけでなくロシア人やフランス人の外国人も住んでいた。また、詩人の西條八十(さいじょう やそ、1892~1970年)はここで童謡『かなりあ』を作詞したと言われている。
童謡『かなりあ』は、曲の付いた童謡として初めて発表された作品である。この曲の発表以降、童謡に曲を付けて歌われることが一般化した。
アパートとは、建物の内部を複数に区切り、それぞれを独立した住居として居住用に供与する集合住宅。英語のアパートメント(apartment)を元にした和製英語。フランス語ではアパルトマン(appartement)となる。
同種の共同住宅のうち、比較的大規模・豪華なものは日本では「マンション」と称されることが多いが、マンションは本来は「豪邸」の意味であるため日本でしか通用しない。
1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災では木造家屋が密集した市街地が大きな被害を受けた。その後、東京・横浜の各地に鉄筋コンクリート造(RC造)の同潤会アパートが建設された。
鉄筋コンクリート造の集合住宅は都市居住の中でも質の高いものだった。また、同潤会アパートは、電気・都市ガス・水道・ダストシュート・水洗式便所など最先端の近代的な設備を備えており、居住者に配慮した先見性が評価されている。