昭和~平成時代の小説家・SF作家の星新一(ほし しんいち、1926~1997年)の忌日。
この日は「星鶴忌」とも表記される。「ホシヅル(星鶴)」は、星新一が考案した架空の鳥のイラストで、サインなどの際にも使用していたものである。
星新一は、膨大な作品量でありながら、どの作品も質の高さを兼ね備えていたところから「ショートショート(掌編小説)の神様」と呼ばれている。一方で、伝記小説などのノンフィクション作品もある。小松左京(こまつ さきょう)・筒井康隆(つつい やすたか)と共に「SF御三家」とも呼ばれる。
1926年(大正15年)9月6日、東京府東京市本郷区曙町(現:東京都文京区本駒込)に生まれる。本名は星親一(ほし しんいち:同じ読み)。
父は星薬科大学の創立者で星製薬の創業者・星一(ほし はじめ)。母方の祖父は帝国大学医科大学長で解剖学者の小金井良精(こがねい よしきよ)、祖母は森鷗外(もり おうがい)の妹・小金井喜美子(こがねい きみこ)である。
1948年(昭和23年)、東京大学農学部農芸化学科を卒業。1957年(昭和32年)、「空飛ぶ円盤研究会」で知り合ったSF翻訳家・柴野拓美(しばの たくみ)らと日本初のSF同人誌「宇宙塵(うちゅうじん)」を創刊。
同年、その第2号に発表していた短編『セキストラ』が、小説家・江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)らの推薦で推理小説雑誌『宝石(ほうせき)』に転載され作家としてデビュー。
斬新な発想と奇抜な結末を備えたショートショートの第一人者・名手として『ボッコちゃん』(1958年)など1000編を超える作品を発表。1968年(昭和43年)、ショートショート集『妄想銀行(もうそうぎんこう)』(1967年)及び過去の業績で第21回日本推理作家協会賞を受賞。
1997年(平成9年)12月30日、東京都港区高輪の東京船員保険病院(現:JCHO東京高輪病院)で間質性肺炎のため死去。71歳。翌1998年(平成10年)、その功績を称え、第19回日本SF大賞特別賞が贈られた。墓は港区南青山の青山霊園にある。
その他の著書として、作品集に『人造美人』(1961年)、『ようこそ地球さん』(1961年)、『ノックの音が』(1965年)、『エヌ氏の遊園地』(1966年)、『気まぐれロボット』(1966年)、『未来いそっぷ』(1971年)、『星新一の作品集』(全18巻・1974~75年)、『星新一ショートショート1001』(全3巻・1998年)など。
また、長編小説『気まぐれ指数』(1963年)やSF長編小説『夢魔の標的』(1964年)、父・星一を描いた伝記小説『人民は弱し 官吏は強し』(1967年)、『明治・父・アメリカ』(1975年)、祖父の伝記小説『祖父・小金井良精の記』(1974年)などがある。