松井秀喜は少年の頃右打ちであった

子どもの頃の松井少年は元々右打ちであったが、あまりにも打球を飛ばすために野球仲間であった3歳上の兄とその友人が、松井を打てなくする目的で強引に左打ちにさせた。

この時、当時は阪神タイガースファンだった松井少年は「尊敬する掛布雅之選手と同じ左」で打つように勧められ、左打ちに変更し、その後、左打者として有名になった。石川県能美市にある「松井秀喜ベースボールミュージアム」には、右打ちの松井少年の銅像や写真が展示されている。

ちなみに、野球では左打者のほうが有利といわれている。右打者よりも一塁ベースに近く内安打になる確率が高いこと。また、右投げの投手が多く、左打者の内側に向かって入ってくるボールの軌道になり、打ちやすいことが挙げられる。

リンク松井秀喜ベースボールミュージアム

2016/9/11

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カテゴリー「歴史・文化

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