兵庫県神戸市中央区に本店を構え、和洋菓子の製造・販売を行う株式会社神戸凮月堂が制定。
日付は5がフルに揃った昭和55年(1980年)5月5日にスタートした「ゴーフルデー」から。「ゴーフル」は、昭和2年(1927年)の発売以来、同店を代表する銘菓として愛され続けてきた。「味覚の芸術品」とも称される「ゴーフル」の魅力を多くの人に知ってもらうことが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
「ゴーフル」の特徴は、薄く焼き上げた生地の「ほろほろ感」と、食べた後に生地とクリームがスーッと溶けていく感覚。伝統に裏付けされた美味しさである。その種類には、バニラ・ストロベリー風味・チョコレートなどがある。
大正15年(1926年)頃、洋行帰りのお客様がフランスの焼菓子を持参し、「日本でもつくってみてはどうか」と提案されたのがそもそもの発端である。当時の和洋菓子の技術者が、和菓子作りの伝統と洋菓子作りの進取の精神で試作研究に取り組んだ。
フランスの焼き菓子を真似るのではなく、日本人の嗜好に合うようにと、フランス製の長所を存分に生かしつつ和菓子の長所をも取り入れ、試作・研究に没頭した。その苦心が実を結び、発売にこぎつけたのが昭和2年(1927年)のことであった。
ゴーフルは、二枚の「せんべい」状のものを合わせて一組としているが、当時その「せんべい」は、神戸名物でおなじみの「大瓦せんべい」と同じような焼き方をしていた。一枚ずつ表・裏をひっくり返しながら焼く。焼き上がると、いちいち手でクリームサンドして一組ずつ仕上げていくという、今では考えられないほど手間と費用をかけて作られた。
そのため一日の生産量は800枚程度にすぎなかった。また、浴用石鹸1個10銭、キャラメル1箱5銭、ハヤシライス25銭の時代に、ゴーフルの売価は1枚8銭であった。その後、良質な原料入手や品質向上へのたゆみない努力などにより、ゴーフルは広く世間に知られるようになった。