「ビタミンの日」制定委員会が2000年(平成12年)9月に制定。
1910年(明治43年)のこの日、農芸化学者・鈴木梅太郎(すずき うめたろう、1874~1943年)博士が、米糠(こめぬか)から抽出した脚気(かっけ)を予防する成分に「オリザニン」と命名したことを東京化学会で発表した。
オリザニンは後に、この1年後に発見されたビタミンB1(チアミン)と同じ物質であることが判明し、「ビタミン」と呼ばれるようになった。
脚気とは、ビタミン欠乏症の一つであり、ビタミンB1の欠乏によって心不全と末梢神経障害をきたす疾患である。心不全によって足のむくみ、神経障害によって足のしびれが起きることから脚気と呼ばれる。
日本では、白米が流行した江戸において疾患が流行したため「江戸患い」と呼ばれた。また、大正時代には、結核と並ぶ二大国民亡国病と言われ、難病であった。上記の鈴木博士の研究などによりビタミンの不足が原因と判明し、脚気は治療可能となった。
しかし、当時の医界において脚気の原因は伝染病説と中毒説が支配的であり、鈴木博士が医学界の外の人間だったこともあり、栄養欠乏説はなかなか受け入れられなかった。また、ビタミンB1製造を天然物質からの抽出に頼っていたために値段が高かったことなどもあり、脚気による死者が1000人を下回ったのは1950年代のことである。