新一万円札の肖像画に選ばれた渋沢栄一(しぶさわ えいいち、1840~1931年)は、明治政府の大蔵官僚として財政政策を行い、退官後は実業家に転じた人物である。
渋沢は、現在のみずほ銀行である第一国立銀行をはじめ、東京ガスやキリンビール、日本郵船、帝国ホテル、東京急行電鉄など生涯に約500の企業の設立に貢献し、「日本資本主義の父」と称される。
また、数多くの名言を残したことでも有名で、その名言には「目的には理想が伴わねばならない。その理想を実現するのが人の務めである」「商売をする上で重要なのは、競争をしながらでも道徳を守るということだ」などがある。
そんな渋沢は、もともと江戸幕府に仕えていた幕臣だった。1867年(慶応3年)に江戸幕府が大政奉還で実権を失った時に第15代将軍・徳川慶喜(とくがわ よしのぶ、1837~1913年)は駿府(すんぷ、現:静岡県)に蟄居(ちっきょ:家の中に閉じこもって外出しないこと)し、謹慎という形を取る。それまで武士として給料を貰っていた人たちは世の中が大きく変わり、どうやって生きるべきか分からないという状況になった。
そんな中で駿府に付いて行った幕臣たちは、現在の牧之原台地の辺りで「お茶作り」を始めた。渋沢は駿府に1年しかいなかったが、その時にお茶農家に資金援助をする仕組みを作っている。
1869年(明治2年)に渋沢は銀行と商社の機能を併せ持つ「静岡商法会所」を設立した。資金繰りが苦しかったお茶農家に貸し付けを行い、現在に続く特産品である「静岡茶」発展の礎を築いた。そして、高い品質を誇る静岡茶は「日本三大茶」に数えられる銘茶となっている。
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2019/6/4
カテゴリー「歴史・文化」