蕎麦屋には「蕎麦」のほかに「うどん」を出す店も多く見られるが、うどん屋には蕎麦を出す店はあまり見られない。
蕎麦とうどんはその製法がよく似ているという理由もあるが、蕎麦屋がうどんを出すのには歴史的な理由がある。室町時代、庶民の代表的な食べ物として親しまれていたのはうどんだった。うどんは蕎麦よりも歴史が古く、その当時うどんはあったが蕎麦はまだなかった。そして、うどん屋の屋台がたくさんあった。
当時はまだ現在のような「麺状の蕎麦」は存在せず、蕎麦粉をお湯でこねて作る団子状の「蕎麦掻き」(そばがき)が一般的だった。蕎麦掻きを麺状にすれば他の店よりも繁盛するのではと考え、蕎麦が出来上がったという。この麺状の蕎麦は蕎麦掻きと区別するため「蕎麦切り」(そばきり)と呼ばれた。最初に蕎麦を売り始めたのは蕎麦屋ではなくうどん屋だった。
そんな蕎麦は江戸時代に入ると次第に人気が広まり、うどんと蕎麦の人気が逆転し、江戸中で蕎麦が大ブームとなった。そんな蕎麦ブームに乗って、うどん屋は次々と蕎麦屋に転身していった。実際、1776年(安永5年)に刊行された風俗史『うどんそば 化物大江山』にも「江戸八百八町に蕎麦屋は数え切れないくらいあるが うどん屋は万に一」と記載されていた。こうして、江戸の町ではうどん屋と蕎麦屋の数は逆転した。
ただ、蕎麦屋になってもうどんの人気は健在で、現在のように蕎麦とうどんの両方を出すようになった。そのため、古くからある店、例えば「蕎麦御三家」とも呼ばれる「砂場」「更科」「藪」などの老舗の蕎麦屋ではうどんを出している店が多い。現在では、客の中に蕎麦アレルギーの人がいても、代わりにうどんを出せるというメリットもある。ただし、蕎麦のアレルギー物質がうどんに混入する可能性もあるので注意が必要である。
では、何故うどん屋には蕎麦がなく、うどんしか出さないのか。それは東京にある多くのうどん屋は、香川県の「讃岐うどん」や秋田県の「稲庭うどん」など地方の名産うどんの専門店であるため、あえて蕎麦を出す必要はないというのが大きな理由のようである。
リンク:この差って何ですか?、Wikipedia
2019/9/1
カテゴリー「食べ物」