東京には名前のある坂が多い理由

東京都心には神楽坂や道玄坂、紀伊国坂、芋洗坂、九段坂、乃木坂、一口坂、富士見坂、魚籃坂、於多福坂、幽霊坂など数多くの名前の付いた坂がある。

東京都心には名前の付けられた坂が600以上もあり、全国的に見ても圧倒的に数が多い。なぜ東京都心の坂にはこれほど名前が付いているのか。

これらの坂は江戸時代に名前が付けられたものが多い。そして、これらの場所には寺院や神社、武家屋敷が多く、その土地には町名がなかった。しかし、そこで生活する人たちは何か目印のようなものがないと生活しづらい。そこで、江戸の人たちが目印にしていたものが坂であり、その坂に名前を付けたとされる。

紀伊国坂

例えば、港区にある「紀伊国坂(きのくにざか)」は、江戸時代には坂の西側に紀州徳川家の上屋敷があった。「紀州」は現在の和歌山県全域と三重県の南部に当たり、別称は「紀伊国(きいのくに)」である。紀伊国を治めた紀州徳川家に由来して「紀伊国坂」の名前が付いたとされる。

その他、千代田区にある「九段坂(くだんざか)」は、江戸時代に坂に沿って九段になった御用屋敷の長屋が造られたことからその名前が付いたとされる。また、港区にある「魚籃坂(ぎょらんざか)」は、江戸時代に創建された「魚籃寺」が坂の中腹にあることからその名前が付いたとされる。

ちなみに、アイドルグループ「乃木坂46」の名前にも使用されている港区にある「乃木坂(のぎざか)」は、江戸時代には「幽霊坂(ゆうれいざか)」と呼ばれていた。1912年(大正元年)9月、大日本帝国陸軍の重鎮で、学習院院長であった乃木希典(のぎ まれすけ)大将の殉死を悼み、当時の赤坂区議会が改名を議決したことで「乃木坂」となった。

そして、乃木坂46のプロデュース会社のソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)がグループ結成当時に所有していた港区赤坂の「SME乃木坂ビル」に由来して、総合プロデューサーの秋元康により「乃木坂46」と命名された。

リンク東京23区の坂道Wikipedia

2019/9/10

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カテゴリー「地理・地名

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