銭湯に富士山の絵が多い理由

銭湯の浴室の壁には「富士山」の絵が描かれていることが多い。これは最初に描かれた壁画が富士山だったためである。

銭湯の富士山

銭湯に初めて大きな絵が描かれたのは、1912年(大正元年)のこととされる。東京・神田の猿楽町にあった銭湯「キカイ湯」の主人が、子ども達に喜んで湯船に入って欲しいとの思いから、浴室の壁にペンキ絵を描くことを思い付いた。当時の銭湯の床や壁は板張りで質素・殺風景なものだった。

そこで、主人の知り合いだった画家・川越広四郎(かわごえ こうしろう、1884~1933年)に壁画を依頼した。川越は富士山の見える静岡県掛川市の出身であり、自らの出身地にちなんで静岡から見た富士山の絵を描いたところ、これが好評となった。富士山の絵により華やかになった「キカイ湯」は繁盛し、他の銭湯も真似をする形で富士山の絵を描くようになった。

このように銭湯に富士山の絵が多いのは、最初に絵を描いた人が富士山の見える静岡県の出身だったためである。現在では富士山の絵以外にも様々な絵が描かれており、銭湯の浴室を鮮やかに彩っている。なお、ペンキ絵は特に関東地方の銭湯に特有のものであり、西日本にはほとんど無く、全国的にはタイル絵による壁画も見られる。

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2020/10/5

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カテゴリー「歴史・文化

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