室町時代後期の連歌師・俳諧師である荒木田守武(あらきだ もりたけ)の1549年(天文18年)の忌日(旧暦)。
1473年(文明5年)生まれ。伊勢神宮の内宮の神官でもある。山崎宗鑑(やまざき そうかん)とともに俳諧の祖とも称される。
1541年(天文10年)、伊勢内宮の長官である一禰宜(いちのねぎ)になると、当時流行していた連歌を公家・三条西実隆(さんじょうにし さねたか)に師事し、連歌師・宗祇(そうぎ)や宗長(そうちょう)と交流を持つ。
和歌・連歌に習熟し、連歌から俳諧を独立させる基礎を築く。1549年(天文18年)に76歳で死去。
室町時代の連歌集『新撰菟玖波集(しんせんつくばしゅう)』(1495年)に入集。また、連歌集に『法楽発句集』(1508年)、俳諧集に『独吟百韻』(1530年)や『守武千句』(1540年)、教訓歌集『世中百首』(1525年)などがある。