北斎の「赤富士」は他人が勝手に塗り替えた

江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849年)によって描かれた『富嶽三十六景』には様々な富士山があるが、その中でも有名なのが「赤富士(あかふじ)」である。

赤富士

赤富士は通称で正式名称は『富嶽三十六景 凱風快晴(がいふうかいせい)』である。そんな赤富士の赤は他人が勝手に塗り替えたもので、もともと赤富士ではなく、もとはほぼ白の富士山だった。

そもそも浮世絵の作り方は、まず浮世絵のデザインを元に掘り師が版木を作製する。この版木はそれぞれの色ごとに複数の版木が作られる。そして刷り師によって順番に色を刷り重ねて色が付けられる。赤富士の赤はなぜ塗り替えられてしまったのか。

これに大きく関わったのが版元である。版元とは浮世絵師に仕事を依頼して販売をしていた、現代で言うところの出版社であった。版元の発注によって作られていた浮世絵。しかも版元には現代では考えられないある権限があった。それは版元が赤い方が売れると判断したら、絵師に許可なく勝手に色を替えてしまう事ができたのである。

版元は最初にデザイン料だけ支払えば、自由に色を替えて販売する事ができた。初ずりと言われる最初の200枚までは浮世絵師の指示通りの色で刷られたが、初ずり以降は版元の判断で色を塗り替える事ができた。そのため、赤富士は元は白であったが、版元により赤に塗り替えられた作品だった。

ちなみに、葛飾北斎は名前を30回も変えたと言われている。有名な北斎が改名した理由には、主に2つの説がある。1つは、お金に困って弟子に自分の名前を売ったという説である。

もう1つは、北斎には自己韜晦(とうかい)癖があったという説である。自己韜晦とは、自身の才能や地位を隠して表に出さない事。有名な画家の作品だから皆が買っているのではないかという事で、自分を隠して誰の作品か分からない状態で、画だけで勝負し、世間を試したかったという考えが北斎にはあったとされている。

リンク:Wikipedia

2018/10/21

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カテゴリー「歴史・文化

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