「最後の晩餐」のパンでキリスト教は分裂した

パンの始まりは今から約3万年前とされ、人類最古の加工食品と言われている。そんなパンを巡ってかつて歴史的な大ゲンカが起きたことがある。

その原因となったのが「最後の晩餐」で、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519年)の最高傑作とも言われるイタリア・ミラノの壁画でも有名である。聖書によると最後の晩餐はキリスト処刑前夜の食事で、キリストが弟子たちに「これは私の体である」と言ってパンをちぎって分け与えたとされている。

『最後の晩餐』(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

その最後の晩餐のパンを巡ってキリスト教が1000年も大ゲンカをしていた。これは世界史の教科書にも載っているキリスト教会の東西の分裂を引き起こしたとも言われている。

そのきっかけは「最後の晩餐のパンに酵母が入っているかどうか」が重要なポイントとなった。と言うのも、最後の晩餐のパンは「過越の祭(すぎこしのまつり)」の時の食事だと言われている。過越の祭とは、かつて奴隷状態だったユダヤ人がエジプトを脱出したことを記念する祭日のことである。その期間は酵母の入ったパンを食べてはいけないという習慣になっており、酵母無しのクラッカーのようなパンを食べて過ごす。

ところが、西方教会(カトリック教会、聖公会、ほか一部プロテスタント)と東方教会(正教会など)ではこのパンについての考え方が違い、西方教会では最後の晩餐を過越の期間中の食事と捉え、酵母無しのパンしか食べないとされ、一方で東方教会では過越前の食事であると解釈し、酵母入りのパンを食べてもよいとされてきた。

この主張の違いも一因となり、1054年にキリスト教会が2つに分裂するという歴史的な事件が起きた。この問題はずっと決着がつかないまま20世紀まで争いが続いた。そして、2016年2月に双方のトップであるカトリック教会のフランシスコ・ローマ法王とロシア正教会のキリル総主教がキューバの首都ハバナで会談し、962年ぶりにその大ゲンカは和解に一歩近付いた。

リンクWikipedia産経ニュース

2019/3/28

このエントリーをはてなブックマークに追加

カテゴリー「歴史・文化

関連記事