間違えやすい日本語

間違いやすい日本語や、間違えやすい漢字の読み方、意味を誤解している日本語をいくつか挙げてみる。

  • 合いの手を入れる
  • 「合いの手を打つ」と間違えやすいが、正しくは「合いの手を入れる」。「歌や踊りの調子に合わせて掛け声や手拍子を挟む」「会話や物事の間に他人が言葉や動作を挟む」という意味で、「相手の歌や話を盛り上げる」という意味合いを持つ言葉である。

  • 二の舞を演じる
  • 「前の人の失敗を繰り返す」という意味の言葉。「二の舞を踏む」と間違えやすいが、「舞」は「踏む」のではなく「演じる」ものであり、正しくは「二の舞を演じる」となる。

  • いやがうえにも盛り上がる
  • 「いやがおうにも盛り上がる」と間違えやすいが、正しくは「いやがうえにも盛り上がる」。「いやがうえにも」は、「ただでさえはなはだしい状態なのに、それに加えてさらに」という意味である。漢字では「弥(彌)が上にも」と書く。

  • 怒り心頭に発する
  • 「怒り心頭に達する」と間違えやすいが、正しくは「怒り心頭に発する」。「心頭」は「心の中」という意味で、「怒りが心の中に生じる」「心底から激しく怒る」という意味で使われる。

  • 後へも先へも行かぬ状況
  • 「後へも先へも引かぬ状況」と間違えやすいが、正しくは「後へも先へも行かぬ状況」。「後へも先へも行かぬ」は「動きがとれない」「どうすることもできない」「にっちもさっちも行かぬ」という意味である。

  • きめ細かな肌
  • 「きめ細やかな肌」と間違えやすいが、正しくは「きめ細かな肌」。肌の状態なので見た目を表現する「きめ細か」となる。「細やか」は心情を表現する言葉である。

  • 雨(あま)よけ
  • 「雨(あめ)よけ」と読んでしまいがちだが、正しくは「雨(あま)よけ」。「雨にぬれないようにする覆い」を意味する。「雨(あま)」で始まる語には「雨傘」「雨雲」「雨蛙」などがあり、「雨(あめ)」で始まる語には「雨上がり」「雨降り」などがある。

  • 凡例(はんれい)
  • 「ぼんれい」と読んでしまいがちだが、正しくは「はんれい」。「凡」の音には「ぼん」と「はん」があるが、「はん」と読む熟語はほとんどなく、よく使うのはこの「凡例」くらいである。「平凡(へいぼん)」や「凡人(ぼんじん)」の場合は「ぼん」と読む。

  • 乳離れ(ちばなれ)
  • 「ちちばなれ」と読んでしまいがちだが、正しくは「ちばなれ」。ただし、現在の国語辞典には「ちちばなれ」が掲載されている場合もある。「赤ん坊が成長して母乳を飲まなくなること」「離乳」を意味する。

  • 柳葉魚(ししゃも)
  • 「柳葉魚」は形が柳の葉に似ていることから「シシャモ」を意味する言葉である。「シシャモ」という名称はアイヌ語の「susam(スサム)」に由来し、語源は「susu(スス)=楊」、「ham(ハム)=葉」とされる。シシャモに関するアイヌ民族の伝説が残っている。

  • 七五三縄(しめなわ)
  • 漢字では「注連縄」「標縄」とも書く。地域を区切るための目じるし、または出入禁止のしるしとして張りめぐらす縄。特に、神前や神事の場にめぐらして、神聖な場所と不浄な外界とを区別するのに用いる。また、新年に門口に魔除けのために張る。

  • 只管(ひたすら)
  • 漢字では「一向」とも書く。形容動詞で「そのことだけに意を用いるさま」「もっぱらそれだけを行うさま」(―な思い)、副詞で「ひとすじに」「いちずに」(―無事を祈る)などの意味で使われる。

  • 潮時(しおどき)
  • 「潮が満ちたり引いたりする時」という意味である。また、「物事の終わり」という意味で使われることも多いが、正しくは「物事を行うのにちょうどいい時期」「好機」という前向きな意味の言葉である。

  • 檄(げき)を飛ばす
  • 「元気のない人に気合いを入れる」「元気づける」という意味だと誤解している人も多いが、「自分の主張を広く人々に知らせ、同意を求める」が正しい意味である。「また、それによって人々に決起を促す」という意味もある。本来、「檄(げき)」とは文書のことで、「檄を飛ばす」は「(文書で)人々を呼び集めたり、同意を促したりすること」を意味し、「激励する」「励ます」という意味は含まれない。

  • うがった見方をする
  • 「うがった見方」を、多くの人が「疑ってかかるような見方」という意味だと思っているが、正しくは「物事を深く掘り下げた見方」「物事の本質を捉えた鋭い見方」という意味である。「うがつ」は漢字で「穿つ」と書き、「穴を開ける」「突き通す」「貫く」という意味。

  • やぶさかではない
  • 多くの人が「仕方なくしぶしぶする」という意味で使っているが、正しくは「努力を惜しまず喜んでする」という前向きな意味の言葉である。「やぶさか」は、漢字では「吝か」と書き、「気が進まない」「気乗りしない」という後ろ向きな気持ちを表す。これを「吝かではない」と、否定形にすることで、「やってもよい」「どちらかと言えばやりたい」「むしろ喜んでする」という肯定的・積極的な姿勢を遠まわしに表している。

2019/5/1

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カテゴリー「歴史・文化

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