「マイム・マイム」(Mayim Mayim)は運動会のフォークダンスの定番曲として知られているが、その歌詞は運動会とは全く関係がない。
もともとマイム・マイムは1940年頃にパレスチナ地方(現:イスラエル)で生まれた踊りで、原曲はヘブライ語で歌われている。「マイム(mayim)」はヘブライ語で「水」を意味し、マイム・マイムの原題は「U’sh’avtem Mayim(שאבתם מים)」で、直訳すると「あなた達は水を汲む」という意味である。
その歌詞の意味は「あなた達は喜びのうちに 救いの泉の水を汲む 水、水、水、水を! 救いの泉の水を汲む」という内容であり、マイム・マイムは砂漠地帯で水を掘り当てた時の喜びを歌った曲だった。この運動会とは全く関係のないマイム・マイムが、なぜ日本の運動会で踊られるようになったのか。
それは第二次世界大戦後、GHQがフォークダンスを体育の授業に取り入れたのがきっかけであった。日本の学校教育を改革する時に指導に当たったのが、GHQ民間情報教育官ウィンフィールド・ニブロ(Winfield P. Niblo、1912~2007年)だった。
ニブロが体育の授業に取り入れたのが、自分の趣味だった「フォークダンス」で、結果的に「マイム・マイム」や「オクラホマミキサー」などの世界の民謡音楽が曲に合わせて体を動かす体育の授業にピッタリだと全国の体育の授業に定着した。それがいつしか運動会でも踊られるようになった。
ニブロは「日本のフォークダンスの父」とも称され、男女が手を取って一緒に踊るフォークダンスの普及を通じて、民主主義教育と男女平等の理念を広めることを狙いとしていたとされる。ニブロが赴任していた長崎県佐世保市のハウステンボスには、ニブロの記念碑があり、ニブロの名を冠した「ウィンフィールド・P・ニブロ記念 佐世保・ハウステンボス フォークダンスフェスティバル」が開催されていた。
リンク:Wikipedia
2019/5/7
カテゴリー「歴史・文化」