「皇居ラン」が流行ったきっかけ

「皇居ランニング」は「皇居ラン」とも呼ばれ、皇居の周り約5kmのコースをランニングすることである。

皇居ラン

東京のどのエリアからもアクセスが良く、オフィス街からも近いことから、「皇居ラン」はランナーに人気があり、多い日には1万人を超える人が走っている。そんな「皇居ラン」が流行ったきっかけは「銀座のホステス」だった。

元々のきっかけは1964年(昭和39年)の東京オリンピックで、マラソン競技において円谷幸吉(つぶらや こうきち、1940~1968年)選手が力走し、見事に銅メダルを獲得した。これによりランニングのブームが起こった。そのブームにより走り始めたのが銀座のホステスの人たちだった。

皇居と銀座は場所が近く、銀座には多くのホステスが働いている。そんなホステスたちが参加したのが「皇居一周マラソン」だった。大会の主催者は銀座のクラブやバーの経営者で、スタート時刻は未明という珍しい大会だった。

約40人ものホステスが参加したこの大会は珍しかったこともあり、大々的にニュースで扱われた。これにより皇居の周りを走れることが一般の多くの人に伝わった。そして、皇居の周りは信号もなく、とても走りやすいコースだ、ということで「皇居ラン」はブームとなった。

今では朝から夜まで多くのランナーが集まる「皇居ラン」は、「銀座のホステス」がきっかけで広まったものだった。

ちなみに、上記の円谷選手は現在の福島県須賀川市の出身で、円谷選手の偉業を称えるとともに、市民の体力づくり、健康な都市づくりを目的として、1983年(昭和58年)から同市において、「円谷幸吉メモリアルマラソン大会」が毎年開催されている。

リンクfunDOrful皇居ランナビ円谷幸吉メモリアルマラソン大会Wikipedia

2019/12/1

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カテゴリー「スポーツ

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