銀行のキャッシュカードやクレジットカードの暗証番号は4桁となっている。今回は暗証番号が4桁になった経緯についての物語である。
そもそも暗証番号が世界に広まったのは、銀行の現金自動預け払い機(automatic teller machine:ATM)が誕生したのがきっかけである。世界初のATMは1967年(昭和42年)にイギリスの発明家ジョン・シェパード=バロン(John Shepherd-Barron、1925~2010年)によって作られた。シェパード=バロンはイギリスの大手印刷会社で機械の開発に携わるなどアイデアマンとして知られていた。
当時のイギリスでは銀行に預けてある現金を銀行の窓口で数ポンドずつこまめにおろして使うのが一般的だった。そのため当時のイギリスには今の日本のコンビニのように銀行の窓口が街中に多数あった。日曜日になると銀行は休みになるため、週末には多めの現金を引き出して休日を過ごす人も多かった。
しかし、シェパード=バロンがある週末に銀行に行くとすでに窓口が閉まっていた。休日に遊ぶためのお金を引き出せなかったシェパード=バロンは、もっと簡単にお金を引き出せる方法はないものかと考えた。そこでシェパード=バロンが考えたのがお金の自動販売機だった。
1960年代のイギリスではホットコーヒーやチョコレートなど様々な自動販売機が誕生していた。中でも外壁に取り付けられたチョコバーの自動販売機なら現金に置き換えられると考えた。
すぐにシェパード=バロンはイギリスのバークレイズ銀行にいる知り合いに相談した。すると話はとんとん拍子に進んでいった。彼のアイデアに飛びついたのには当時の銀行のある事情が関係していた。それは週休2日制の導入だった。
イギリスでは1930年頃から職業や企業によって週休2日制の導入が開始されていた。当時のイギリスの銀行は窓口を土曜日まで営業していたが、密かに週休2日制の導入を検討していた。もともと利用者の多い土曜日の窓口営業が週休2日制になると、業務が前倒しになり金曜日の負担が増えることが予想された。
シェパード=バロンが考えたATMは窓口を介さずにお金をおろすことができ、銀行の週休2日制の導入に必要なシステムだった。シェパード=バロンが考えたATMは今のようなキャッシュカードを使ったものではなく、専用の小切手を使うものだった。
小切手には微量の炭素14という放射性物質を含ませてあり、それによりATM専用の小切手だと機械が識別するとお金が引き出せるというシステムだった。ATM専用の小切手は決められた金額の10ポンドを引き出せた。10ポンドは当時の価値で約1万円で週末を過ごすには十分なお金だった。
しかし、小切手を挿入するだけでは誰でもお金を引き出せるため、個人の暗証番号を照合させるというシステムを考えた。シェパード=バロンが最初に考えた暗証番号は6桁だった。
シェパード=バロンは第二次世界大戦中にイギリス陸軍に所属しており、その時に与えられた6桁の認識番号を覚えていた。認識番号とは軍隊の中で個人を識別するための番号で、シェパード=バロンは20年以上も前の番号を覚えていたことから6桁の数字なら覚えられると考えた。こうして1967年に世界初のATMが誕生した。
この機械はキャッシュディスペンサー(cash dispenser:CD)と呼ばれ、現金の引き出しのみを行うことができた。イギリスの会社デラルー社のキャッシュディスペンサーは1970年(昭和45年)に日本にも輸入されており、小切手と6桁の暗証番号を使用していた。では、なぜ暗証番号は4桁に変わったのか。
そのきっかけはシェパード=バロンの妻の言葉だった。彼は妻に「私は暗証番号を4桁までしか覚えられない」と言われた。今の暗証番号は自分で好きな数字を設定するが、当時のキャッシュディスペンサーは銀行側が数字を発行しており覚えにくかった。こうしてキャッシュディスペンサーの暗証番号は6桁から4桁に見直された。
さらに時期を同じくして1969年(昭和44年)にイギリスの銀行は週休2日制を完全導入し、キャッシュディスペンサーは爆発的に増えていった。イギリスのATMの暗証番号が6桁から4桁に変更され、欧米や日本でも4桁の暗証番号が主流になった。その一方で、中国やインドネシアでは6桁、イタリアでは5桁など4桁以外の暗証番号が使用されている国もある。
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2025/8/4
カテゴリー「生活・科学」