「駒込ピペット」の名前の由来

「駒込(こまごめ)ピペット」は、中央に膨らみを持つピペットで、スポイトのように液体を少量吸い取り、計量や移動をさせるための実験器具である。

駒込ピペット

初等教育から研究室の多くの現場で使用されている。駒込ピペットは、医学博士・細菌学者の二木謙三(ふたき けんぞう、1873~1966年)が1920年代に考案したもので、その名前は当時院長として勤めていた駒込病院に由来する。

二木謙三

駒込病院は、東京都文京区本駒込にある東京都立の医療機関。病院の理念は「医療を通して人がその人らしく生き抜くことを支援する」である。都立病院の再編整備により、2011年(平成23年)9月に「がん・感染症センター都立駒込病院」となった。

二木謙三は、1873年(明治6年)1月10日に秋田県秋田市で生まれる。成績は優秀だが小柄で痩せっぽちの少年は、1893年(明治26年)に秋田中学(現:秋田高等学校)を卒業すると仙台の官立第二高等学校(現:東北大学教養部)に進む。

しかし、在学中にひどい神経衰弱に襲われて休学、官立山口高等学校(現:山口大学)に転じた後、東京帝国大学(現:東京大学)医学部に入学して、1901年(明治34年)に同大学を卒業した。

そして、当時の東京市駒込病院に勤務し、伝染病研究のかたわら食べ物に関する研究に注力した。その間ドイツに留学し、3年間ミュンヘン大学にて自然免疫性に関する研究を遂げた。

1914年(大正3年)~1920年(大正9年)、伝染病研究所(現:東京大学医科学研究所)の第4代病院長。1919年(大正8年)~1931年(昭和6年)、駒込病院の第5代院長。1921年(大正10年)、東京帝国大学教授を兼任。

1926年(大正15年)、日本伝染病学会を創立。同学会は1974年(昭和49年)に日本感染症学会に改称。1955年(昭和30年)、「鼠咬症(そこうしょう)の研究」にて文化勲章を受章し、秋田県初の文化勲章受章者となる。

1966年(昭和41年)4月27日、老衰にて死去。93歳。友人の岡田道一らと日本心霊医学会を主宰したり、日本催眠学会の顧問、豊島岡女子学園中学校・高等学校の第4代校長・理事長、勇退後は初代学園長を務めるなど多くの要職を兼ねた。

リンクWikipediaAmazon秋田高校同窓会

2025/11/28

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カテゴリー「語源・由来

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