露月忌(9月18日 記念日)

明治~昭和時代前期の俳人・石井露月(いしい ろげつ、1873~1928年)の忌日。

この日は「露月忌(ろげつき)」のほかにも、「山人忌(さんじんき)」や露月がカボチャを愛したことから「南瓜忌(かぼちゃき)」とも呼ばれる。

石井露月について

1873年(明治6年)5月17日、秋田県河辺郡女米木(めめき、現:秋田市)に二男として生まれる。本名は祐治(ゆうじ)。家は農業を営む。脚気(かっけ)を患い、秋田中学校を中退。

自宅で農業を手伝いながら療養に努める。この頃、雨に濡れた若葉に月影が差すのを見て露月と号するようになる。1893年(明治26年)、健康を回復し、文学を志して上京。俳人・正岡子規(まさおか しき)に師事。新聞『小日本』や『日本』の記者となる。

1898年(明治31年)、医師試験に合格し、帰郷。医業の傍ら、1900(明治33年)に俳句雑誌『俳星(はいせい)』を秋田県内で活躍する島田五空(しまだ ごくう)・佐々木北涯(ささき ほくがい)らと創刊。誌名は子規によるもので、日本派の俳風を広める。

一方で、貧困に疲弊した村の生活指導を行い、青年会を組織。1908年(明治41年)から没するまで20年にわたり村会議員を務め、夜学会や農事品評会などを通じて村民の指導や村政の刷新に尽力する。

『俳星』のほかにも『瓦川』や『雲従』などの雑誌の刊行に関わり、後進の指導を行うなど俳壇に大きな影響を残すが、1928年(昭和3年)9月18日、脳出血のため自宅で死去。55歳。

没後に、句集『露月句集』(1931年)、文集『蜩(ひぐらし)を聴きつゝ』(1935年)が編まれている。

リンクWikipediaコトバンク

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カテゴリー「9月の記念日」「今日は何の日

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