毒のイメージが紫色の理由

毒といえば紫色のイメージがあるが、これは人気ゲームの「ドラゴンクエスト」が毒の沼地を紫色にしたことによるものである。

毒のイラスト

そもそも毒=紫色というイメージを持つのは日本人だけである。海外では毒=緑色というイメージが強い。この緑色のイメージは人々を魅了した人工顔料の影響と考えられている。

その人工顔料はシェーレグリーンとパリグリーンである。18世紀以降にヨーロッパで開発されたもので、洋服の生地や家具、壁紙などに使用され、ヨーロッパで大流行した。しかし、この2色を使用した人の中で原因不明の病気で亡くなる人が急増した。

緑色の壁紙

その原因として考えられたのがこれらの顔料に含まれるヒ素である。ヒ素は毒性が強く、フランスの革命家ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte、1769~1821年)も自宅の壁紙に含まれるヒ素で亡くなったとの説がある。

その危険性からこれらの顔料は第2次世界大戦後に使用が禁止されたが、世界中に毒=緑色のイメージが広がった。日本でも1981年(昭和56年)に出版された赤川次郎(あかがわ じろう、1948年~)の小説『毒 ポイズン』の表紙の文字も緑色で書かれていた。

日本ではその後に毒のイメージが緑色から紫色に変わった。そのきっかけとなったのが人気ゲームのドラゴンクエスト(ドラクエ)である。ドラクエでは最初、毒の沼地は深い緑色だった。

これはロールプレイングゲーム(RPG)がアメリカから伝わったもので、世界観は中世ヨーロッパに近かったことに由来する。また、当時のゲーム機であるファミリーコンピュータ(ファミコン)は同時に表示できる色の数に制限があり、毒の沼地は緑色で表現された。

しかし、同じ緑色で草原や森も表現されたため、毒の沼地はとても紛らわしかった。その後の1990年(平成2年)に発売されたゲーム機であるスーパーファミコンでは同時に使用できる色の数が増えた。そして、1993年(平成5年)に発売された「ドラゴンクエストI・II」から毒の沼地が紫色に変わった。

毒の沼地(ドラクエ・紫色)

海や水は青色、マグマや炎は赤色やオレンジ色、草原や植物は緑色、地面や岩は黄色や茶色と色分けしていくと、最終的に余った毒の沼地はダークなイメージに近かった紫色となった。ドラクエをきっかけとして他のゲームでも毒を紫色で表現するようになり、日本中に毒=紫色のイメージが広がった。

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2026/1/29

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カテゴリー「歴史・文化

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