1947年(昭和22年)、当時の小石川区、本郷区の二区が合併して成立した。合併に伴い、東京新聞が一般公募し、「京北」など多くの名前が寄せられたが決着はつかなかった。そこで、両区の職員を対象に募集し、旧小石川区の職員が提案した「文京」が、明るくわかりやすい印象を与え、学問の府というイメージに合致するということで採用された。